岩手県「人首」hitokabeはなぜ「ひとかべ」か

「岩手県奥州市江刺区 米里字人首町」
実家を離れて、30年以上経過した今、過疎化と寂れつつある町。
街という漢字では表せない、病院もない町である。
かつては、金山、銅山での繁栄の時代があったそうだが、今では空き地、空き家、閉店した店が多くある。

そんな町だが、町名は驚きの「人首」hitokabeだ。
おどろおどろしい歴史があったのか、何の由来かこの地での言い伝えは聞いたことがなかった。
大昔、エミシの末裔・人首丸がいたというが、この末裔から地名がついたとも想像できる。
ただ、丸というからには幼少の武者であろう。
武者の名前は地名からとるのを見聞きするので、この末裔の名前には疑問とあこがれがあった。

そんな変わった地名だが、図書館で見つけた
日本のアイヌ語地名 大友幸男 (amazonですが) に人首の語源が載っていた。

アイヌ語:「川の合流点」を「ペツ・オ・ウ・コ・ホピ・イ」(川の・尻・互い・に・残し去る・者)という。
→そのままの発音では早ごとがききませんので、「ペトコピ」のようにつまると書いてます。
→その「ペトコピ」から和人は「人首」(ひとかべ)とあて字をしたと書いてます。

で、「川の合流点」=二又の川があるかということで、すぐ思いあたったのが、

「江刺区米里二股」

何軒かの農家があるだけの集落だが、奥州市の観光地・種山の麓にある。
バス停はココ
→ 奥州市市営バス路線図 【終点が重王堂の路線をみてね】

マップはココ
→ 岩手県−蝦夷マップ

確かに二股になった川。
どこにでもある合流地点。これがペトコピか。

実際の人首町はここから下流へ数km下ったところ。
ここは人首ではない。まぁ、和人が名づけた地名だから距離、町名はどうでもいいか。

で、本当の人首の二股川はあったかな。
人首町のgooglemapと航空写真。

 

二股にはなっているが、この説が由来として正しいかはどうなのだろう。

ここ近辺でアイヌ語らしいのはあるだろうか。

あるある!
今回読んだ本には結構ある。
他の地名についてはまた別の記事にて。

 

 

 

 

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